明けましておめでとうございます。2022年もガンガン、ブログを更新してお客様に有益なコラムを提供します。
役に立つ不動産屋編7回目。6回目の後書きで次回のテーマを指定していたので、今回は「賃貸借における修繕義務と完成猶予事由の特則」です。これまで、なるべくやさしい言葉遣いや分かりやすい内容を心がけているのですが、「言葉が難しい」「内容自体が理解できない」等の指摘を多く受けています。事例を踏まえながら、お客様が賃貸借契約を結ぶ際に、今回のようなテーマを頭の片隅に覚えておけば、不動産屋に質問の一つでもできるのではないでしょうか?
まず前提があります。修繕義務については、民法改正(606条)が行われました。旧法は「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕を行う」としていました。しかし、賃借人の帰責事由により修繕が必要となった場合につき、賃貸人がその修繕義務を負っているか否かは明らかではありませんでした。改正民法では、同条第1項「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要になったときは、この限りでない」。同条第2項「賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人はこれを拒むことができない」。以上を踏まえて、事例を見てみましょう。
【事例】
今から10年以上前、私(A)は所有する賃貸物件をBさんに貸して入居されました。退去時に部屋を確認したところ、浴槽が壊れていました。私はすぐに業者を手配。浴槽は修繕より買い替えた方がよい状態でした。業者から「このような壊れ方は短期間によほど強い負荷をかけるような使い方をしたとした考えられない」との報告を受けました。
私は浴槽の交換費用の負担をBさんに求めました。Bさんは「法律上は貸主が修繕義務を負うべきであるし、そもそも壊れたのは賃借して間もないころであり、壊れて10年以上経過している。つまり、時効が完成している」と主張して、私の支払い請求に応じてくれません。
Bさんが退去したのは、今から1年近く前です。私は、浴槽の交換費用を負担しなければならないのしょうか?
【回答】
前述した通り、606条第1項は任意規定なので、当事者間で異なる特約を定めることが可能です。しかし、賃借人にとってあまりにも不利な特約は消費者契約法10条で無効と判断される可能性があります。
今回の事例では、Bさんの責めに帰すべき事由によってその修繕が必要になったと考えられます。つまり、Aが浴槽の交換費用を負担する必要はなく、AはBさんに対して、Bさんが不適切な用法で浴槽を使用したことによる保管義務違反を理由に、その交換に要した損害賠償を請求できます。
閑話休題。AがBさんに浴槽交換に要した損害賠償を請求できることは理解できます。しかし、浴槽が壊れたと推定される時期は10年以上前だと、Bさんが主張した通り時効が成立するのでしょうか?消滅時効(*注1)の成立に伴い、損害賠償を請求自体ができなくなるのでしょうか?消滅時効については166条第1項第2号に規定があります。同条第1項「債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する」。第2号「権利を行使することができる時から10年を行使しないとき」。
改正民法では、600条第1項「契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた損害及び借主が支出した費用の償還は、貸主が返還を受けた時から1年以内に請求しなければならない」(→旧民法600条)。同条第2項「前項の損害賠償の請求権については、貸主が返還を受けた時から1年を経過するまでの間は、時効は、完成しない」。旧民法では、同規定の期間制限は除斥期間(*注2)を定めたものであり、損害賠償請求権には民法総則に定める消滅時効も適用されると解されてきました。
しかしながら、損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、賃借人が保管義務・用法遵守義務に違反した時になってしまい、賃貸借期間中は、賃借物は賃借人が管理しており賃貸人が賃借人の保管義務・用法遵守義務違反を把握することは困難であることが多いのです。賃貸借期間が長い場合、賃貸人が賃貸目的物の返還を受けた時点で既に消滅時効が完成しており、損害賠償請求ができない事態が生じるわけです。
そこで、同条第2項の登場です。なお、この規定は、使用貸借(*注3)に関するものですが、賃貸借にも準用されます。旧民法に照らすと、浴槽が壊れたのは10年以上前になるので、Aに対する損害賠償請求権は既に消滅時効が完成していると推定され、Bさんに浴槽の交換費用を請求することはできません。しかし、改正民法では、Bさんが賃貸物件を退去したのは、今から1年近く前のことなので、AがBさんに対して有する保管義務違反を理由とする浴槽の交換費用の損害賠償請求権の消滅時効は完成していないと思われます。結論。AはBさんに浴槽の交換費用につき損害賠償を求めることができます。ただし、消滅時効の完成が近づいているので、直ちに請求する必要に迫られます。
今回は修繕義務はどちらにあるかを検証しました。消滅時効の関連もありますが、賃貸人には賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務は当然あります。しかし、無制限ではありません。また、賃借人は賃借物の保管義務・用法遵守義務を負っていますので、両義務に違反するおそれのまま退去する行為は、消滅時効の成立を含めて損害賠償請求及び信義則違反も問われかねません。
言うまでもなく、賃貸借物件は賃貸人・所有者にとってみれば、重要な資産です。その取引において、媒介に係る宅建業者は法令遵守は当然ながら、トラブルの未然防止・円滑な業務遂行が求められているのです。その基盤となるのは、宅建業法・民法等の関連法令についての豊富な知識であり、正しい理解だと思っています。このブログの提供は、その一助になればと日頃から心がけており、来所されるお客様にも閲覧をお願いしています。
(*注1・・・権利不行使の状態が一定期間継続することで、権利消滅の効果が生じる制度)
(*注2・・・一定期間内に権利を行使しないと、その期間経過により権利が当然に消滅する期間)
(*注3・・・無償で他人物を借りて使用収益した後、その物を返還する契約)
さて、次回のテーマは「賃貸人の交代/敷金・転貸借」」です。アナタに突然、「貸主が〇月から☐☐に代わります」と連絡がありました。貸主が代わったら、敷金の扱いはどうなるの?転貸借も事例を示して解説していきます。お楽しみに!!
元ブンヤの不動産屋